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企業の競争力を奪うだけでなく、日本社会そのものを衰弱させる一方なのである。
終身雇用や年功序列といった従来の雇用システムが通用しない時代が訪れたことによって、すでに企業の現場ではさまざまな変化が生じている。
二○年前、三○年前の企業社会では考えられないようなことが現実に起きているのだ。
それも考えてみれば当然だろう。
日本的雇用システムの崩壊が日本の企業社会に与えたインパクトは、やや大袈裟にいえば、ベルリンの壁の崩壊がドイツ国民に与えたものと同じぐらい強烈だと思っていい。
少なくとも、絶対に揺るがない常識だと信じられていた強力な「枠組み」が吹っ飛んだという意味では、両者の置かれた状況に違いはない。
過去の枠組みが力を失えば、必然的に新しい動きが出てくるのである。
その新しい動きの中でまず注目すべきなのは、転職が一般化してきたことだ。
終身雇用制の中では例外中の例外であり、極端にいえば「異端児」扱いさえ受けてきた中途退社や中途入社が、一九七○年代以降、日本の労働市場は常に買い手市場であった。
有効求人倍率は○・六〜○・七程度で安定しており、大手有名企業が一○人募集すれば一○○人も二○○人もの応募が殺到するという状態だったのである。
したがって、基本的に選択権は企業側が握っていた。
応募者は「雇っていただきたい」という低姿勢で臨み、その経歴・能力・性格・志望動機などを企業側が評価して、求める人材を欲しいだけ獲得するわけだ。
つまり企業が完全にイニシァチブを握って、自分たちの都合に合わせて就職をコントロールしていたのである。
そんな状況に変化をもたらす一つの契機となったのが、あのバブル景気だった。
未曾有の好景気によって、経営者たちは「とにかく人を多く採れば採るほど、成長の原動力になる」と考えるようになったのである。
そのため、求人の枠が広がった。
そのころからマニュアルレーバーがパソコンやロボットに置換され、ヒューマンワークの時代が始まったことも大きな要因である。
仕事の成果が個人の力量によって大きく差がつくものに変わったため、他社よりも優秀な人材を獲得しなければ企業は競争に勝てなくなった。通常の就業行為の一つとして行われる世の中になったのである。
その兆候が現れたのは、一九八○年代の後半のことだ。
とくに一九八八年に有効求人倍率が一五ぶりに一・○を越え、九○年に一・四まで上がったことは、実に象徴的な出来事だったといえるだろう。
能力の高い人材を確実に手に入れるためには、新卒の採用だけに頼ることはできない。
すでに能力を身につけ実績を上げている人材を探したほうが、はるかに効率がいい。
事実、ヘッドハンティング会社が欧米から続々と日本に進出し、有能な人材を二倍増、三倍増の年収で引き抜いた。
多くの企業が勝つために、生き残るために、中途採用を積極的に行うようになったのである。
それによって、年間およそ二○○万人以上転職者が出るようになった。
一九七○年代の転職者は一○○万人強だから、一気に二倍になったということだ。
しかも過去の転職と異なるのは、その人数の多さだけではない。
八○年代後半の転職者は、大半が自発的な動機によって職場を移っているのである。
七○年代までは、ほとんどが非自発的な転職だった。
不況業種としての淘汰が進む過程で、人員整理の対象として嫌々ながら別の職を探さざるを得なかったわけだ。
優秀な人材を求める企業の姿勢に応えるかたちで、能力のある人々が自らのキャリアアップのために自発的に転職を希望するようになった。
実際、そのころの転職者のうち約七○%の人々は、転職によって給料や地位などの待遇が上がっている。
日本の企業経営にとって、まさにエポックメイキングな時期だった。
この時点で、すでに終身雇用および年功序列は一面的には否定されたといっていいだろう。
競争力を高め、今後の発展を確実なものにする手段として優秀な人材を中途採用することによって、企業は自らの手で従来の一雇用システムを捨て去ったのである。
同時に、より楽しめる仕事、より自分の才能を生かせる仕事を求める労働者にとっても喜ばしいことだった。
こうして企業と労働者が共に前向きに転職を受け入れるようになったことが、時代環境の変化によって企業の現場で起きた現象である。
転職の一般化という現象はバブル景気を一つのきっかけとしていたが、一方、の現象はバブル崩壊と共に訪れた。
人員整理の一般化である。
転職と同様、終身雇用や年功序列がそれなりの合理性を発揮していた時代にも人員整理はまったくなかったわけではない。
やはり転職が昔とは質的に変わってきたのと同じように、いま行われている人員整理も以前とはまったく異質のものだ。
嘗ての人員整理は、産業構造の高度化によって必然的に生じたものである。
とくに大規模な人員整理が行われたのは一九七○年代だった。
それまで基幹産業として大量の労働者を飲み込んでいた鉄鋼・造船・繊維といった業界が、時代の変化によって主力産業としての歴史的な役割を終え、結果として余剰人員を抱えることになったのだ。
それらの業界から吐き出された労働者たちは、次の時代の基幹産業であるエレクトロニクス・自動車・流通といった業界に吸い込まれていった。
これによって、産業構造の高度化が実現したわけだ。
もちろん、一人一人の労働者のケースを見ていけば、人員整理の対象になることで辛い思いをした人も少なくなかっただろう。
日本の産業全体を発展させるためには、避けては通れない事態だったといえる。
ミクロの視点では多少の悲劇をはらんでいたとしても、マクロの視点で見れば前向きな人員整理だったのである。
ところがバブル崩壊以降の人員整理というのは、次なる発展の呼び水になるような種類の人員整理とは多分に異なる。
単に「余剰人員を抱えていては競争に勝てない」という、きわめて緊急避難的な不況対策の一つにすぎないわけだ。
嘗ての人員整理が、特定の業界がそれぞれ抱え、やまれぬ事情によって業界全体で行われたのに対して、いまの人員整理は個別企業の独自の事情に基づくものになっている。
しかも、特定の産業に偏ることもない。
あらゆる産業、つまり日本的雇用システムを維持してきた日本企業全体が、高コスト化に耐えきれなくなって無駄な部分を整理しようとしているのである八○年代後半の転職の一般化は「優秀な人材を採ることで競争に勝つ」ための日本的雇用システムの積極的否定であった。
九○年代の人員整理の一般化は「無駄な人材を抱えていては競争に負ける」という、どちらかといえば消極的に終身雇用や年功序列を否定するものである。
つまり、八○年代後半から九○年代にかけて「優秀な人材の確保」と「不必要な人材の切り捨て」という両面から、日本的雇用システムは粉砕されてきているのである。
こうして従来の日本的経営は終駕を迎えようとしている。
それでは、これから企業はどんな方向に進んでいけばいいのか。
これまで述べてきたように、三種の神器を成立させた四つの要件はすべて過去のものとなり、日本的雇用システムは社会制度の基軸としても三位一体の繁栄の基盤としてもその役割を喪失した。
さらに現実問題として、転職や人員整理の一般化によって終身雇用や年功序列が否定されつつある。
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